本音と建前の使い方って?
今日は忙しくてレッスンできなかったので、酔いどれおやじの戯言で。
心では思っていても直接口にできないことっていっぱいあるね。
とりあえず本音は隠して上手に付き合う。
仕事の関係はほぼ100%そんな感じ。
でも、これっていつも自分の本音を封印するからどこかにムリがくる。
また、本音を言わないってことは、いつも本当の自分を偽って表現している。
「当たり前だろ。それが社会で生きるということだ。」
うん。それはそうだ。
自分もずっとそれが当たり前だと思っていた。
本音を話せるのは友人や家族だけだよって。
でも、それって「当たり前」なのか?
相手を思いやって本当のことを言わないっていうのはまだわかる。
ある意味優しさといえるケースもあるかもしれない。
でも、
争い事になりたくない、無難にやり過ごしたいって理由で本音を隠すのは優しさではない。それは危機回避のための行動だ。それはそれで悪いこととはいえないが。
先日来のトランプ大統領と安倍総理のやりとりに関して、海外メディアがトランプの握手のやり方に「控えめな日本人」への配慮がうんぬんとトランプ氏を批判する記事を目にした。
メディアのトランプ批判の話はどーでもいいが、この「控えめな日本人」って言葉に「?」となった。
日本人は「控えめ」な人種とよく欧米の方から表現されているようだが、それはなぜだろう。
もしかしたら日本人が「建前と本音」を上手に使い分けているからなのではないか。
上手にとは相手に悟られないようにということ。
つまりそれって嘘つきってことなのか。
いや、違うな。嘘をついているのではない。
揉め事は好きではないし、余計な波風は立てたくないだけなのだ。
要は。。
めんどくさいのが嫌いなのだ。
と、ひとりで自己完結してみるのであった。
(本質的にはなにも完結していないのだが)
Webの仕事をしていると海外の人と接触する機会がある。
彼らにもこの「本音と建前」という概念はあるのだろうか聞いてみようかと思ったが、やっぱりやめておこう。
めんどくさいから。
俺は間違いなく日本人だな。